「たぬや、たぬ。正国」
 立ち込める靄を掻き消すように、押し寄せる恐怖を包み込むように。耳元で溢れたまろやかな声が、悪夢を溶かしていく。
 ああ、もう二度とこの悪夢に魘されぬよう、すべて溶かしきってはくれないだろうか。そんな風に思うけれど、声は無慈悲にも身をひるがえす。後ろ姿に手を伸ばす同田貫を振り返った声が、最後に小さく呟いた。
「――――」
 風のように軽く、澄んだ声が胸をすり抜けていく。ばらばらにほどけた言葉は悪夢の底へと吸い込まれ、呆然と見送る同田貫を、声はもう振り返らない。

夢のほとりで待ってる


 高校生になってすぐ、夢を見るようになった。人を斬る夢だ。
 夢の中で、同田貫は日本刀を握り締めている。辺りは闇に包まれており、同じく日本刀を構えこちらを睨みつける男を除いて人の気配はない。ぐん、と視界が揺れたかと思うと、次の瞬間には男の体が目前に迫っていた。振り下ろした刃が男の腹を裂く。くずおれる体から溢れ出した血が肌を濡らすたび、心臓が張り裂けそうなほど激しい興奮が同田貫を襲った。眩暈のしそうな高揚感に恍惚と立ち竦んだまま、呼吸を止めた男の亡骸を見下ろす――そしていつもそこで目を覚ますのだ。
 夢はたしかに夢だった。しかし、肉を断つ感触も、めりこんだ刃を引きずり出す感触も、何もかもが夢とは思えぬほどリアルなのだ。早鐘を打つ胸を押さえた手のひらがぐっしょりと濡れているのは、同田貫の全身から噴き出す汗のせいだ。纏わりつく不快感は下半身にも及ぶ。しかしそこに広がるのは汗ではない。下着の中であふれた粘液が股座を濡らしている。それはいわゆる精液と呼ばれるものだった。

 初めのうちは月に一度見る程度だったその夢は、半年も経たないうちに二週間に一度になり、そして一週間に二度となった。夢を見た日は必ず下着が汚れている。人を斬り殺す夢を見て射精するなんて奇妙な話だ。しかし自分を襲うその異変を、父や母に打ち明けることは躊躇われた。内容が内容だったし、性の絡んだ悩みを両親に告げるのは、思春期真っ只中の男子にはいささかハードルの高い行為でもあったのだ。
 同田貫の通う高校にスクールカウンセラーの男が出入りするようになったのは、ちょうどその夢を見る頻度が上昇し始めた頃だったか。男は話術に長けていた。気さくで温厚な男はたちまち生徒から慕われるようになり、同田貫もまた例外ではなかった。
 自分には守秘義務がある。決して口外はしない。誰にも言えない悩みがあるなら、必ず僕が力になってみせる。だからどうか一人で抱え込まずに教えて欲しい。
 力強く頼りがいのある言葉を、男は次々に並べ立てた。親しみやすい笑みと共に繰り出されるそれに、同田貫の不安定な心が懐柔されるのはあっという間で、あるとき夢の内容を詳細に語ってしまったのだ。

「異常者」

 街がクリスマスカラーに彩られ始めた頃、学校から帰宅した同田貫を母は罵った。男に夢の内容を打ち明けてから、ちょうど一週間後のことだ。
 母は重度の潔癖だった。心が脆く、思い込みの激しい性格であったことも影響してか、母は息子を異常者と決め付け罵声を浴びせた。当時――と言ってもほんの半年ほど前の出来事だったが――母と同田貫の仲は決して険悪ではなかったように思う。むしろわりに親しい方だった。だからこそ、感情的に投げつけられる罵声の数々は同田貫の心に深く突き刺さったのだ。
 殺人願望でもあるのか、とか、快楽殺人者を産んだ覚えはない、とか。聞くに堪えない金切り声は、一見すると母自身が異常者であるような印象を同田貫に与えたが、言葉を拾ってみれば存外まともだ。同田貫もまた、夢を見るたびに同様の考えに悩まされていたのだから、傍目にもそう映るのは決して可笑しなことではない。
 父が帰ってくる頃には母の目は真っ赤に腫れあがり、声は老婆のようにしゃがれていた。脂汗を浮かべ立ち尽くす同田貫を見つめる母の瞳は、ブラックホールのように昏く深い。この体を吸い込んで、全身に広がる衝撃と共に飲み込んで殺してはくれないだろうか。ぐるぐると考える。十六歳そこそこの青い少年にとって、異常者のレッテルは絶望そのものだった。その言葉にどれだけの殺傷力が秘められているかなんて、口にした当人は理解していないだろう。心を抉った傷が膿みはじめるまでに、それほど時間は要さなかった。

 母の強い希望により、同田貫は翌日精神科を訪ねた。医者は簡単な問診のあと、「心や体が不安定になりがちな思春期にはね、よくあることですから」と母を諭す。母は何も言わなかったが、帰宅後、別の精神科に予約の電話を入れ、そうして父の書斎にあるブランデーを煽り泣いた。母はなにも同田貫を疎ましく思っているわけではない。腹を痛めて産んだ息子が『普通』の枠から外れることを異様なまでに嫌う、よくも悪くも古い人間だった。ただそれだけだ。

 同田貫が方々の精神科を巡っているという噂は、近所の主婦の間にたちまち広まった。それほど田舎ではないけれど、都会ほど娯楽にあふれてはいない。同田貫の暮らす街はそういうところだ。
 しかし何人の医者に罹っても、彼らは結局似たり寄ったりな言葉しか与えてはくれなかった。むしろ診察を勧められるのは母のほうで、同田貫の夢については特別気に病む必要はない、というのが医者たちの出した最終的な結論だ。
 母は勿論納得しなかったが、母以上に納得出来ずにいたのは他の誰でもない、同田貫自身だった。
 肉を貫く感覚がしばらく両手から離れない。自転車のハンドルを握ったときや、自宅の玄関レバーを引くとき、ふと蘇っては奇妙な興奮と恍惚を与えるそれが、思春期の不安定さから来るものだとは到底思えなかった。フラッシュバックは日常生活にも支障をきたすほどで、近頃は意識的に人と関わることを避けている。何かの拍子にあの感覚に襲われたら、誰かに危害を加える可能性がないとも言えない。そんな懸念が過ぎる程度には、人を斬り殺す瞬間の高揚感は甘美で、麻薬のような中毒性があった。だからこそ、母と共に精神科を巡る日々を甘んじて受け入れていたのだ。

 二年生に進級して少し経ち、一学期最後のテストが終わったのが一昨日のことだ。現在、同田貫は母に連れられ、僻地にある寂れた医院を訪れていた。
「へぇ、人を斬り殺す夢ねぇ。それも夢精を伴う、と……。十六歳が見る夢にしちゃ、ちょいとヘビーかもしれねぇな」
 紹介状を眺めながらぶつぶつと呟く医者は、その口調や態度もさることながら、容貌までも軽薄そうな男だった。やたらと肌が白く、色素をどこかに忘れてきたようなその男の胸元に飾られたネームプレートには、『鶴丸国永』と記されている。鶴の一文字に似合いのほっそりとした長い脚を組み、なにごとか思案する鶴丸を見つめ、同田貫は人知れず溜め息をこぼした。
 渋る母を待合室に残し、一人診察室へと通されて十五分ほど経っただろうか。大抵は対面してすぐ、来診した理由や症状を大まかに説明するよう促されるのだが、鶴丸の出迎え方は随分毛色が違っていた。顔を合わせた瞬間、驚愕の表情で立ち上がったかと思えば、同田貫の肩を鷲掴んで一言「こりゃ驚いた」と宣い、呆けたようにまばたきを繰り返したのだ。何かを確かめるような手つきで顔や腕をべたべたと触ってくるものだから、よもや整形外科かなにかと間違えたのではないかと困惑したほどだった。
 しかしそれ以降はずっとこの調子で、人の体を無遠慮に撫で回しておいて謝るでもなく、独り言に夢中でこちらを見向きもしない。そろそろ忍耐力が限界を訴え始める頃だ。神妙な面持ちで中身のない独り言を繰り返す唇を一瞥し、文句の一つでもぶつけてやろうとしたそのとき、鶴丸の双眸がようやく同田貫を見据える。

「悪いがな、どうもこいつは俺の手には負えねえようだ」
 わざとらしく肩を竦めた鶴丸が言い放った言葉に、同田貫は眉を顰めて戸惑うほかない。碌に会話もせぬうちに匙を投げられたことなど、これまで一度たりともなかったからだ。込み上げる困惑を他所に、鶴丸の手は無造作に積まれた書類の類いを引っ掻き回し、やがて探し当てた一枚の紙をおもむろに裂いた。
「ここを訪ねるといい」
 先方には俺から連絡しておくから。そう言って笑みを浮かべた鶴丸が差し出した紙には、見慣れぬ住所と電話番号が記されている。それが意図するものを理解した途端、同田貫の胸に大きな失望が広がった。寂れた外観に反して評判のいい医者がいるのだ、と勧められやってきたのがこの医院だが、結局はここも今までと同じだ。
 ありがちな悪夢に悩まされる子供と、ヒステリックに騒ぎ立てる母親。鶴丸が読んでいた紹介状には、下手な言葉を吐くより、適当にあしらって盥回しにした方が良いとでも書いてあったのだろうか。ふつふつと怒りが沸きあがるが、怒鳴ったからといって何がどうなるわけでもない。

「君みたいな症状を訴える子供のケアと治療に長けた……カウンセラーだな。そこに行けばきっと、良い方向に進むと思うぜ」
 診察室をあとにする同田貫に、鶴丸は陽気な声を投げかけた。カウンセラー、という単語に良い思い出はない。第一、精神科医が患者にカウンセラーを紹介するというのはよくあることなのだろうか。結局は体よく追い返したいだけだろう、と強い苛立ちを覚える。
 医者などなんの役にも立たない。たかだか子供一人の悩みも解消できず、その異常性を見抜けもしないのだから。何かあってからでは遅いのに。全員クソだ。医者なんてやめちまえ。次々に浮かぶ罵倒の言葉を飲み込んで、扉を叩きつけるように閉めた。



 母と同田貫、そして運転手だけを乗せたバスが走る。鶴丸の寄越した住所を元に訪れたこの町は、市街地の外れにぽつりと存在した。人の出入りが極端に少なく、直通のバスは日に二度しか走らない。辺鄙な片田舎と言ったところか。窓の外に見えるのは田んぼや畑の類ばかりで、もう随分長い間景色に変化がない。嫌味なほど真っ青な空もすっかり見飽きてしまった。
 やがて掠れた文字で『停留所』と記された標識が見えてきたものの、バスはそこを超過し、真っ白な花をつける薄雪草の群れが目を惹く、ゆるやかな坂の前でようやく同田貫たちを降ろした。二時間ぶりに踏みしめた地面はぼこぼこと歪だ。スニーカーの下にはタイヤの痕が規則的に刻まれていた。

 畦道を遠ざかっていくバスの向こうで、赤と黒のランドセルが揺れている。あどけない笑みを浮かべ駆ける小学生は、通りがかった女性に元気良く挨拶を送った。丸みを帯びた腹を愛しげに撫でながら、女性が声を返す。ゆったりとしたロングのワンピースが風になびき、バレエシューズに包まれた足元が剥き出しになった。その光景に目を眇める同田貫が、母にはどう見えたのだろう。力任せに掴まれた手首がひどく痛んだ。

 実際に誰かを殺したいと感じたことはあるか、と、医者の一人に尋ねられたことがある。答えは否だ。特別憎い相手がいる訳でも、誰かと喧嘩をした訳でも、現実に不満を抱いている訳でもなければ、フラストレーションが溜まっている訳でもない。無論、人を殺すという行為に性的興奮を覚えたことだって一度もなかった。
 同田貫は自分が特別攻撃的な性格をしているとは思っていないし、強いて言うなら多少気が短いくらいで、優等生を自称するクラスメイトよりよっぽど真面目だとすら思う。人を斬り殺す夢を見る理由なんてどこにも見当たらないからこそ、余計に不気味なのだ。
 まろやかな体躯を持つ女性や子供。夢を見るようになって、同田貫はそういった存在に触れることが恐ろしいと感じるようになった。漠然と思い描いていた将来から、家庭の二文字が消えていく。悪夢がいつまで続くのかは分からない。異常者が手に抱けるものは随分と限られている、という事実だけが、今の同田貫にとってすべてだった。

 じわりと噴き出す汗をTシャツの袖で拭いながら、傾斜のゆるい坂を上る。ほんの数メートルほど先に見える昔ながらの日本家屋こそが、カウンセラーの自宅であるらしい。曰く、自宅にカウンセリングルームを設けて活動するカウンセラーは珍しくないそうだが、それにしたってこんな辺鄙な場所にわざわざ訪ねてくる者などいるのだろうか。太いパイプを持っているというなら話は別だが。
 赤い実をいくつもつけたヤマモモの木を横目に、母の細い指がブザーを押し鳴らす様子を眺める。けたたましく叫ぶ蝉に煽られ、照りつける太陽が首筋を焦がした。田舎は涼しいなんて大嘘だ。背の高い障害物がない分、日差しがまっすぐに降り注ぐのがたまらない。
 いくらか経ち、母の指がふたたび音符のマークにかかったところで、ガラス戸の真ん中に人影が現れた。磨りガラスの向こうで動いた影が、引き戸に手を掛ける。

「……見ない顔だな、また『せぇるす』というやつか。生憎もう取れる新聞はないんだが」
 姿を見せたのは、端正な顔を澄まし、濃紺の浴衣を身に纏った痩躯の男だった。母を見下ろし億劫に呟いた男の瞳が、同田貫を捉える。するとどうだろう、涼しげな表情が一変し、驚愕の色を滲ませたかと思えば、男はたちまち花も綻ぶやわらかな笑みを浮かべた。
「ああ、そうかそうか、そうだった。同田貫正国とその母君だな。上がって構わんぞ」
 合点がいったとばかりに頷く男に、母は困惑を滲ませながら、促されるまま玄関へと足を踏み入れる。その間も男はじっと同田貫を見つめていた。歳は三十前後といったところか、古めかしい言葉遣いもさることながら、目が合った瞬間に見せた態度がどうにも気にかかる。何故、同田貫と分かったのだろう。鶴丸に写真の類は預けていない。同田貫の容姿について、よほど詳細に説明したのだろうか。
「いつまでもそうしていると、蚊に食われるぞ」
 怪訝に立ち尽くす同田貫に、男が揶揄っぽい言葉をかける。示し合わせたように耳元を旋回する羽音を振り払い、ちらりと表札を窺った。
 三日月宗近。
 それが、この男の名だ。ぷうん、と耳障りな羽音が大きくなる。まっすぐに注がれる三日月の視線に底知れぬものを感じながら、逃げるように敷居を跨いだ。とめどなく滴る汗が、たたきに染みを作る。


 通された一室は雑然としており、同田貫たちの来訪を想定していたとは到底思えない有様だった。カラカラと軽快な音を立てて回る扇風機は羽根が欠けている。座椅子に尻を落ち着けてすぐ、出された麦茶はぬるかった。
 机を挟んで向かい合った三日月がまず尋ねてきたのは、件の夢についての詳細だ。あのイレギュラーな鶴丸という医者の紹介だからと若干構えていただけに、形式に則ったその問いに拍子抜けしてしまう。母が喋り、同田貫が喋り、そうしてまた母が喋る。三日月は最低限の相槌しか打たなかったが、たびたび手元のノートに目を落とし、神妙な面持ちで万年筆を動かしていた。
 話が自分の手の及ばぬところへ飛躍し始めると、同田貫の意識は三日月を盗み見るに徹する。きちりと整いすぎたその容貌は、どこか美術品めいていた。伏せた睫毛はやたらと長く、重めの前髪が直線的でシャープな鼻梁に垂れる。浴衣の袷から覗くデコルテは女性さながらに滑らかだ。お世辞にも涼しいとは言えない室温にも関わらず、汗一つかいていないのは何故だろう。そういえば、母がいつも以上に饒舌なのが気にかかる。もしやこの男の美貌にあてられたのだろうか。思えば父とはしばらく口を利いていない。

 やがて、母の捲くし立てるような声が止んだのを見計らい、三日月は「そういうことなら」と前置きをし、口を開く。
「夏休みの間、正国をここで預かるというのはどうだろうか」
「……はぁ?」
 その予期せぬ提案に、同田貫は思わず素っ頓狂な声を漏らした。しかし三日月はそれを気に留めるでもなく、人のよさそうな笑みをますます濃くするばかりだった。
 三日月の話を要約すると、こうだ。
 都会にはない長閑な景色が広がる環境と、この広い自宅を利用し、三日月はカウンセリングとまた違う、心の病を抱えた未成年者をサポートする活動を行っている。入院するほどでもない、あるいは入院には抵抗があるが、かといってこれまで通りの生活では症状の改善が望めない。そんな子供の心をリフレッシュさせるため、療養合宿と銘打って希望者を一定期間預かっているらしい。
 差し出された簡易的な資料には、最後に訪ねたあの医院の名前がはっきりと記されている。なるほど、この三日月というカウンセラーはあそこで雇われている身なのだろう。料金設定についてもおおまかに記載されているが、充分に良心的な価格と言えるのではないだろうか。

「まあ、強制ではないんだが、聞くところによるとにっちもさっちも行かない状況のようだ。気分転換も兼ねて、田舎暮らしを体験するのもそう悪くはないだろう」
 三日月はあくまでやんわりとした口調で勧める。
 正直なところ、同田貫はこの合宿とやらに心惹かれていた。赤の他人と寝食を共にした経験なんて、修学旅行くらいしか覚えがないが、人見知りのきらいはないのだし平気だろう。
 それに、と熱心に資料を見つめる母を一瞥した。
 ここ半年ほど、母はヒステリックに怒鳴り散らすことが増えた。無論、それは同田貫が悩まされている夢に起因しているのだが、どうにも息が詰まって仕方がないのだ。三日月が口にしたように、一度殺伐とした環境下から離れてみれば、状況がいい方向に転ぶかもしれない。母にとっても、同田貫自身にとっても。
 そしてなにより、母とてか弱い女性なのだ。自らの異常性に頭を抱える同田貫にとって、万が一を想定すると側にいるのは恐ろしい。相手が同性であれば、たとえ現実に刃物を振り回すようなことがあっても、力ずくで押さえつけるという対処法がある分安全だろう、という甘い考えが同田貫の中にはあった。

 主人と相談して連絡する、と母は頭を下げたが、きっと父が反対することはない。稼ぎが良い分、父は家庭を顧みない男だ。
 下りのバスに乗り込む直前、同田貫は三日月の自宅を振り返った。灯りのついた部屋に、人影がぼんやりと映り込む。薄暗い辺りに鮮やかな白を添える薄雪草を、同田貫はふたたび見ることになるだろう。漠然とした確信と共に、同田貫を乗せたバスは畦道を下っていく。長い長い夏休みが、もうすぐそこまで迫っていた。