頭上には目の覚めるような青が広がっていました。雲ひとつない空に輝く太陽が、腫れたまぶたをこれでもかと痛めつけてきます。周囲を飛び回る蝿から逃れようと、俯いたまま足を踏み出した拍子に、僕の体が何かと衝突しました。額を押さえ、咄嗟に顔を跳ね上げてみれば、そこにあるのは厚兄さんの背中です。
「す、すみませ……」
厚兄さんは僕を振り返り、じろりと鋭い視線を投げつけてきましたが、言いきらない内にふたたび前方へ向き直ります。走った緊張感に、すぐ側で息を潜める平野と前田が顔を見合わせました。二人の体には浅い傷が無数に刻まれています。握り締めた刀にこびりつく血を目にした途端、ぼんやりとしていた意識はたちまち現実に引き戻されました。
「右手の短刀二体は平野と前田、左手の打刀二体がオレと……五虎退だな。奥にいる太刀は動きがあれば随時対応ってことで」
その黒々とした短髪を揺らし、木陰から控えめに顔を突き出した厚兄さんは、僕たちに次々と指示を与えていきます。
粟田口の短刀四名からなる部隊を組み、この江戸の合戦場へと出陣したのは早朝のことでした。順調に進軍し、この戦場に残る敵は前方に見えるわずか一部隊のみです。
主さまから部隊編成を聞かされたとき、そこに厚兄さんの名前があったことに僕はひどく動揺しましたが、今のところ僕たちは私情を挟むことなく、必要とあれば連携しつつ敵を討ち取っていました。もっとも、交戦の際を除くと先程のような態度を取られてしまうため、挟んでいないと断言しては怒られるかもしれませんが。
昨晩、同田貫さんが吐露した本音について、僕は未だ頭を悩ませていました。釈然としない想いが喉の奥につかえています。濁ったもやに埋め尽くされた胸の中を掻き分け、その正体を突き止めようとするけれど、答えに辿り着く気配はありませんでした。
ともすれば思考の海に沈んでいきそうな頭を振って、散らばる意識を集めます。
考えることはたくさんありますが、今は戦に集中しなきゃなりません。だって僕は仮にも刀でしたし、平野と前田の兄でもあるのですから、二人にこれ以上怪我をさせるわけにはいかないのです。手のひらを滑らせる血を拭い、柄をぐっと握り直します。
敵の部隊は辺りを警戒しながらも、僕たちが間近に迫っていることにはまだ気付いていない様子でした。厚兄さんが腰を低め、小さく合図をしたと同時、僕は地面を蹴り駆け出しました。
こちらの気配を悟った敵が構えを取る前に、それぞれの標的に向かって刃を叩きつけます。繰り出した一撃に後ずさったその隙を突いて、敵の無防備な腹部に切っ先をめり込ませれば、噴き出した鮮血が僕の腕を汚しました。薙ぐような一刀をすんでのところで避け、足の腱に浅く刃を立てれば、僕の倍近くあろうかという巨体がよろめきます。僕が立ち上がるより早く、厚兄さんが敵の背に刃を突き刺しました。絶命を確認し、息吐く間もなく次の標的ににじり寄ります。
僕たち二人が共に戦に出た数は数え切れません。兄弟の中で誰よりも相性が良く、そして戦場で誰よりも信頼に於ける唯一の相手が厚兄さんです。
「――あいつ……っ」
腕や頬に掠める刃を受け流しながら、いつものように敵の懐へ忍び込もうとしたとき、厚兄さんが他方へ走り出しました。まっすぐに敵部隊の隊長である太刀の元へと向かっています。見れば、その禍々しい気を纏った体は、二体の敵と交戦する平野たちの方へゆっくりと近付いていました。きっと二人を守りに行ったのです。
そして、そちらに気を取られていたせいでしょう、胴体を狙ったはずの刃が篭手に弾かれ、不発に終わります。体勢を立て直そうと地面を蹴った瞬間、左腕に焼け付くような痛みが走り、夥しい血液があふれ出しました。ぎゅう、と歯を食いしばり、繰り出される一振りをかわします。
ようやく敵を地面に沈められたときには、僕の半身は真っ赤に染まっていました。鞘までもが血まみれです。幸い、大きな傷は二の腕に入った一本だけで、血の量のわりには大した深手ではありません。
どくどくと脈打つような痛みを訴える腕を庇いながら、周囲の様子を窺った僕の目が、太刀を相手に苦戦を強いられている厚兄さんを捉えます。どうも額から流れ落ちた血に片目を潰されているようで、厚兄さんはひどくおぼつかない動きを見せていました。
ぬるつく靴底で地面を叩き、僕が駆け寄る寸前で、厚兄さんの腿を切っ先が掠めます。尻餅を突いた体の上に、敵の影が被さります。
「っ……厚兄さん!」
敵が叫び声に気を取られた一瞬を突き、僕の振り上げた一刀は血に濡れた太刀をはじき落としました。そのまま、胸部を抉るように刃を突きたて、後方に傾いだ体に圧し掛かります。衝撃と共に地面に叩きつけられたその体が、僕の下でゆっくりと息絶えていくのが分かりました。
深々と突き刺さった刃を引き抜いた途端、遅れてやってきた恐怖に体が戦慄き、冷たいものが背中を伝います。早鐘を打つ鼓動が頭のてっぺんから足の爪先までをも支配して、声を発することも、その場から逃げ出すことも許してはくれません。弛緩した敵の体を跨いだまま、生々しい傷口からあふれだす色を呆然と見つめるばかりです。
あと一歩遅ければ、ここに倒れていたのは厚兄さんの方だったかもしれない。物言わぬ死体と化した厚兄さんの姿を想像し、思わず息を詰めました。背後からは平野と前田の声が響きます。気遣うようなそれに釣られて振り向いた先には、悄然と座り込んだままの厚兄さんがいて、視線がかち合った瞬間に僕の涙腺が決壊しました。たちまち膨らんだ涙の粒が、まつげに乗り上げ流れ落ちます。
「ごめ、ごめんなさい……っ!」
突然、堰を切ったように叫ぶ僕に、三人は戸惑いの色を浮かべました。這うようにして厚兄さんの元へ行き、揺れる琥珀色の瞳を見据えながらその胸に触れると、わずかに乱れた鼓動が手のひらを叩きます。込み上げる安堵にますます視界は滲んで、僕の唇からはつたない言葉がぼろぼろとこぼれだすのです。
「ぼ、く……厚兄さんと喧嘩したままなのにっ、ひどいこと言ったままなのに、このままお別れすることになったらどうしようって、思って……っ」
何度もつっかえながら言えば、やがて厚兄さんはむっすりと頬を膨らませました。
「な、んだよ……いくら泣いたって、オレは」
「ゆるしてもらえなくても、良いんです。厚兄さんが生きてて、よか、よかったぁ……」
何度もしゃくりあげながら、よかった、よかった、とばかり繰り返す僕の姿はきっと情けないものでしょう。本当はもっとたくさん言いたいことがあって、一から十までちゃんと順立てて謝らなきゃって思っていたのに、全然上手くいきません。涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっているであろう僕の顔を、前田がそっと拭ってくれます。
ようやく嗚咽が収まった頃には、僕の腕は包帯に包まれ、全身に飛び散った血もすっかり綺麗に拭き取られていました。頭上に広がる空は少しだけ色を落とし、夕刻が間近に迫っていることを報せています。弟二人に促されるようにして、僕たち部隊はゆっくりと歩みはじめました。本丸に帰り着く頃には、すっかり陽が落ちていることでしょう。
勝ち戦のあととは思えないほど、僕たちは言葉少なに帰路を辿っていきます。厚兄さんは相変わらず不機嫌な態度を崩そうとしないまま、肩をいからせ歩いています。手当てを施されているとは言え、斬りつけられた場所はまだ痛むはずですが、気遣う素振りは見えません。
前田と平野が交わす会話をぼんやりと聞きながら、立ち寄った小川で喉を潤します。川の流れに逆らうようにして、肩から提げた水筒にたっぷりの水を注ぎ込んだは良いものの、いざ持ち上げてみると腕の傷がじりじりと痛みました。仕方なく、中身を少し減らそうと思い至った矢先、伸びてきた腕が水筒を攫っていきます。見上げた先にいるのは厚兄さんです。
「っオレは、弟に借りなんか作りたくねーからな!」
言い訳のように叫んだかと思うと、厚兄さんは呆然とする僕の視線から逃げるように背中を向け、そうしてわずかに頭を垂れました。
「――オレもちょっと……言いすぎた。悪かったよ。そんで、その」
川のせせらぎに掻き消されてしまいそうな小さく言い、しばらく何ともつかない唸り声を上げていた厚兄さんでしたが、やがて観念したように「……ありがとな」と呟きます。すぐさま大股で歩き始めたその背中に駆け寄ると、覗いた耳が真っ赤に染まっているのが分かりました。思わずくすくすと笑いをこぼした僕を、厚兄さんはふくれっ面で睨んだけれど、咎めたり声を荒げたりすることはありません。
自分の水筒、そして僕の水筒を両肩に下げたその姿はひどく動き難そうで、その意地っ張りな態度や分かり難いやさしさが、同田貫さんと重なります。燻っていた違和感の正体にようやく辿り着いた気がして、僕の心は急いていました。ぎこちない距離を挟みながらも、ふたたび厚兄さんの横顔を見つめながら歩けたことに胸を躍らせながら、僕は帰路を急ぎます。同田貫さんに、伝えなきゃならないことがあるんです。
「僕が誉ですか……?」
戦果を報告しに行った先で、主さまから『誉』をもらった僕は、思わずぽかりと口を空けました。だって僕が『誉』の称号を手にするなんて、滅多にあることではないのです。
きっと呆けた顔をしているであろう僕に、主さまはやわらかく微笑んで、両端がきゅっと結ばれた丸い包みをくれます。上品な黄金色の包みからは、かすかに甘いにおいが漂っていました。僕はこれを知っています。なめらかで、口に入れるとたちまち溶けてしまう西洋のお菓子です。
勇気を出したごほうびに、と主さまは僕の頭を撫でてくれました。うしろにいた厚兄さんが「あー!五虎退だけずりぃぞ!」と騒ぎ立てますが、主さまは知らぬふりです。たくさんお礼を言って、僕たちは部屋をあとにしました。
「五虎退も星、見に行くんだろ? 流れ出す時間がもうすぐだって言うし、手入れ部屋行くのあとにして庭で待機してよーぜ」
部屋を出るなり、厚兄さんは包帯の巻かれた額を掻きながら言います。
そうです、すっかり忘れていましたが、今夜は流星群の夜なのです。お互いに服はぼろぼろでしたが、負った傷は早急に手入れをしなければならないほどのものではありません。それに、平野と前田が丁寧に手当てをしてくれていましたから、良い考えだなぁ、と頷きかけた僕はあることを思い出し、慌てて首を振ります。
「えっと、先に行っててください。僕、同田貫さんに言わなきゃいけないことがあって……」
「ふーん。分かった、はやく来いよな」
ひらひらと手を振る厚兄さんの背中を見送ってから、僕は早足に廊下を歩みはじめました。
今日の同田貫さんはたしか内番を任されていたから、いるとしたら馬小屋か畑の辺りでしょうか。念のため私室を覗き、その姿がないことを確認してから、邸の裏手へと回ります。
立て付けの悪い戸を引いて、辺りをきょろきょろと見渡すと――いました。こちらに半身を向ける形で、井戸の近くに佇んでいます。芝生の上に降り、その横顔に話しかけようとしたそのとき、同田貫さんと向き合う人影に気がつきました。あれは、三日月さんです。
裏庭は暗く、月明かりと星影が唯一の光源でしたが、その表情や仕草を判断するには充分な明るさでした。三日月さんの唇が開いては閉じ、開いては閉じを繰り返します。内容までは聞き取れないけれど、同田貫さんに対し、懸命に語りかけているように見えました。
三日月さんを伏し目がちに見つめるその表情が、次第に翳っていくのが分かります。言い訳を探しているとき、同田貫さんはいつもあの表情をしますから、きっと今もまた自分の気持ちを覆い隠す言葉を口にしようとしているのでしょう。僕が何度も見てきた光景でした。わざと三日月さんを傷つけるような物言いを選んで、そのくせ自らも傷付いた顔をして――なんだかそれってあまりにも自分勝手です。
こんなとき、僕はいつも吐き出される暴言に硬直するばかりでした。だけど僕は何も出来ない弱虫のままでいるのはやめようって決めたから、その唇が動きはじめる前に言わなきゃいけません。
決意を胸に、芝生を踏みしめます。少しずつ近付く僕に気付いたのか、三日月さんはその瞳をうっすらと細めました。釣られるようにこちらを見遣った同田貫さんに駆け寄って、緊張に跳ねる心臓を押さえながら口を開きます。
「また、ごまかすんですか……?」
見上げた瞳の真ん中が、怯えたように収縮しました。そんな顔をするなんて、ずるいです。まるで僕が悪者みたいだ、と罪悪感が込み上げてきたけれど、それで二人が元に戻れるなら悪者になってもかまいません。
心臓は痛いくらいに脈打って、僕の声を遮ろうと煩く騒ぎ立てます。それを振り切ってでも、僕は三日月さんの隣でふたたび穏やかに笑う同田貫さんの姿が見たいと願って止まないのです。
「好きにならなきゃ良かったなんて思いたくない、って昨日言ったじゃないですか……!」
「――っ、おい、五虎退」
「そんな風に思うくらい三日月さんが大好きなのに、傷つけちゃだめです……嘘ついちゃ、だめです……っ」
込み上げた想いを言葉にするたび咽ぶのは、戦場で厚兄さんが危険に晒されたあの時、僕の中を駆け巡った後悔がまざまざと蘇るからでした。
もしもあのとき厚兄さんの体が貫かれていたら、そのまま助からなかったら、僕は謝ることも出来なかったんです。互いを傷付けあうような言葉が、大好きな人と交わした最後の言葉にならなくて良かったと心の底から思いました。
嫌なんです。もしも同田貫さんが、同じような後悔をすることになったら。
「代わりなんてどこにもいないのに……。っもしも明日死んじゃったら、ごめんなさいも好きも、二度と言えないのに……っ」
それまで渋い表情を浮かべていた同田貫さんが、明らかな動揺を滲ませ僕を見つめます。視線はやがて三日月さんへと移り、そうして自身の足元へと落ちていきました。その横顔は何を考えるでもなく、悲しみに打ちひしがれているようにも見えて、一瞬のうちに同田貫さんの脳裏に過ぎった光景が一体どのようなものであるのか、答えは明白でした。
辺りを静寂が包みます。
同田貫さんは項垂れたまま何を発することもなかったし、三日月さんもまた、目の前にある黒々としたつむじをぼんやりと見つめるばかりです。ただ、白んだ月の浮かぶ双眸は、風のない夜を思わせる穏やかさでうっすらと輝いているように見えました。
永遠に続くかと思われた沈黙を破ったのは、三日月さんの掠れた声です。
「あまりにお前が頑ななものだから、もしかしたら俺は本当に代替の利くものなのかと思っていた」
苦笑を忍ばせたそれに、同田貫さんが顔を跳ね上げます。だらりと力なくぶら下がっていた腕が震え、握り締めた拳に青々とした血管が浮かび上がりました。
「違う、俺はあんたが――あんたが好きだから……っ」
堰を切ってあふれだした声には強い意思が滲んでいましたが、すぐにその言葉尻をしぼませていきます。まだ、迷いを捨てきれていないような、意地を脱ぎ捨てることが出来ずにいるような、躊躇を感じさせる横顔がふたたび足元を向きました。あと一歩を踏み出すだけでいいのに、と、やるせない気持ちで唇を噛んだ僕の耳に、深々とした溜め息の音が届きます。
「――お前は本当に不器用だなあ」
あどけない子供を諭すような声が響いたかと思えば、次の瞬間、同田貫さんの体は三日月さんの腕の中に抱き込まれていました。まるで自身の胸元に閉じ込めるみたいに、垂れた袖が同田貫さんの姿を覆い隠します。尖った指は、きらきらと輝く宝物を扱うようなやさしい手つきで丸っこい頭部を包みました。
俯く同田貫さんのつむじに額をぶつけ、三日月さんはやわらかく微笑むのです。
「もう一度、同じ時間を分かち合ってはくれんか」
星の瞬く夜空の下に、切実な願いがこだまします。視界の端にまばゆい光が駆け抜けたとき、傷だらけの手が大きな背中を掻き抱きました。
「おっせーぞ五虎退! なにしてんだよー」
庭に着くなり、待ち構えていた厚兄さんがふくれっ面で僕をどやします。縁側に腰掛け、怪我をしているはずの足をぷらぷらと揺らす厚兄さんは、お団子を齧りながら空を見上げていました。僕に続いてやってきた三日月さんと同田貫さんの姿に、その凛々しい眉が顰められますが、特別何を口にするでもありません。
厚兄さんの傍らに腰を下ろした乱兄さんは、ぶあつい本を難しい顔で見つめながら、なにやら小さな声で読み上げています。首を傾げる僕に、「星のことが書いてある本だってよ」と退屈そうな声が教えてくれました。主さまからもらったのでしょうか、覗き込んでみると、その紙面には無数の文字と星の絵が描かれています。
「っあーもう、何言ってるかぜんっぜん分かんない」
忌々しげに頭を掻く乱兄さんは、こちらに一瞥もくれずそう言い放つと、橋のたもとまで一目散に駆けていくのでした。開いたままの本には、二頁、三頁と記されています。あまりの諦めの早さに苦笑を漏らしつつ、僕は厚兄さんの隣に腰を落ち着けました。
お団子の甘いにおいに釣られて、ぐう、と鳴いたお腹を押さえ、胸元にしまっていた包みを取り出します。体温で少しだけ溶けたそれを半分に割り、厚兄さんの口元に差し出すと、琥珀色の瞳がきょとんと丸まりました。
「ちょこれーと、良いのかよ。お前が貰ったもんだろ?」
「一人で食べるより二人で食べるほうがおいしいんですよ。だから、半分こです」
厚兄さんは嬉しそうに笑ったあと、唇でそれを受け取り、僕もまたその半分を口に放り入れます。舌の上に広がっていく甘さは、頭が蕩けてしまいそうなほどでした。戦の疲れもぜんぶどこかに飛んでいってしまいそうな幸福感が、喉を伝っていきます。
夜空を観察しながら、二人で他愛ない言葉を交わしていれば、右手から小さな声が響きました。ちょうど、この邸の門がある方向です。
座ったまま前屈みにそちらを見遣れば、そこにあるのは見知らぬ人の姿でした。もしや、二振り目の彼を迎えに来た余所の主さまでしょうか。僕の予想を裏付けるように、続いて彼が現れます。そして更に顔を出した人影に、僕は目を剥きました。
咄嗟に視線を遣った先では、まだ少しぎこちない表情の同田貫さんの隣で、朗らかに笑う三日月さんの姿があります。それを確認し、ふたたび視線を戻すと、やはりそこにも三日月さんが立っているのです。一瞬困惑した僕ですが、あの人が余所の本丸で生活する三日月さんであると気付くまでに、それほど時間は要しません。
彼らは揃って門の外へと消えていきましたが、会話を交わしている様子はまるでなく、仲睦まじく空を見つめる二人とは違う生き物であるのだと実感します。二人の関係はずっとあのままかもしれないし、何かの拍子に打ち解ければ、やがて深い仲へと変化していくのかもしれません。反対に、互いを忌み嫌う可能性だって潜んでいるのです。
たしかに僕たち刀剣は、同じ姿かたち、同じ考え方を持って生まれてきました。けれど、同じかたちの心は二つとないのです。長い時間を過ごしていくうちに育っていく心を、僕たちは止められません。
ふたたび空をぼんやりと仰いでいると、僕の頭上を流星が掠めました。
「わぁ……! いま、いま流れました!」
「えーっなんだよ、オレ見逃し――あ! おい五虎退、あそこから降ってきた!」
ちらちらと流れはじめた星たちを続けざまに目にし、僕たちは揃って興奮に声を張り上げます。星は、二つ寄り添い合い流れていったかと思えば、すぐに一つ、しばらく経ってまた一つ、と気まぐれに降りそそぎました。いつ流れるか分からない緊張感と、見つけたときの高揚感で、僕も厚兄さんも夜空から目を逸らすことが出来ません。ふらふらと場所を変えながら流星を探す僕の耳に、三日月さんの声が届きました。
――星の色は、ひとつひとつ違っています。
――人の目にはまるで同じように見えても、星の大きさや性質、持ち合わせた温度はそれぞれ異なるのです。
――同じ星は宇宙にひとつとして存在していません。
どうやら、乱兄さんの投げ出した本の内容を読み上げているようです。
声に釣られるように、無数に点在する光のかけらを見つめてみても、僕にはその違いを区別することは出来ませんでした。ちらりと夜を駆ける星もまた、それらと何ら変わりはありません。
「……僕たちってやっぱり、星に似てるのかなぁ」
ぽつりと呟いた僕に、厚兄さんが怪訝な顔を向けました。お前まで乱みたいなこと言うなよな、と冗談っぽく言う厚兄さんに、僕は思わず噴き出してしまいます。
二人でくすくすと笑いながら、流星を見つけるたびに指をかざし、きらめく色を追いかけました。耳たぶにやわらかく触れていく声に、笑みがあふれます。残像が目に焼きついてしまうくらい、たくさんの流星を映しても、その感動が薄れていくことはありません。
紺碧の空をまた、細く鮮烈な、たった一つのひかりが走りぬけます。今夜は雲ひとつない、星の綺麗な夜でした。