同田貫は夢を見ていた。
透けるような真っ白な肌を泥で汚し、快活に笑う鶴丸国永の姿がある。鶴丸はその手に鍬を持ち、庭先に現れた大きな穴を恍惚の表情で見下していた。ありったけの藁と泥が敷き詰められたそこに嵌り、鶴丸に怒声を浴びせているのが――同田貫だ。
そうだ、これはつい今朝方、同田貫の身に起きた出来事だ。人生には驚きが云々と持論を振りかざす彼が仕掛けた落とし穴に、同田貫はまんまと落っこちてしまったのだった。
「まいったな、まさか同田貫が本物の狸と摩り替わっちまうとは驚きだ」
鼻先についた泥を指摘し、満足げにほくそ笑む鶴丸に同田貫の怒りはますます上昇していく。しかし足元がぬかるんでいることもあり、同田貫の小柄な体には少しばかり深すぎるその穴から抜け出すことは困難だった。青筋を浮かべ、鶴丸へと罵声を浴びせ続ける同田貫に気付いてか、邸の奥から顔を出したのは三日月宗近だ。
悪友の所業を前に朗らかな笑みを湛える三日月は、今日は随分古風な仕掛けだなあ、なんて暢気な声を上げる。
「毎度毎度同じような仕掛けが続くと飽きが来るからな。時には意表を突いてやらないと、あっという間に慣れて感動も興奮もしてくれなくなっちまうだろ?」
誇らしげに頷く鶴丸に対し、三日月は感心したように瞳を眇めた。そして同田貫を一瞥し、なにか含みのある笑みを浮かべたのだ。
ああ、またなにか妙なことを企んでいる。同田貫は直感した。ああいう顔をするとき、三日月が厄介なことをしでかさなかった試しがない。もっとも、何よりも厄介であるのはその矛先が確実に同田貫へ向けられるということだ。
よくも三日月を唆してくれた。鶴丸を憎々しく睨み付け、低い声で唸ったとき、くわんと景色が傾ぐ。渦巻く憂鬱と怒りが交じり合って、同田貫の意識は夢うつつから引き剥がされていく。
――ハッと目を見開いたとき、同田貫の視界は深い闇に包まれていた。
暗晦な夜に違和感を覚えると同時、体の自由が利かないことに気付く。
両腕が頭の上に追いやられ、頑丈な縄のようなもので拘束されているのだ。縄の端は柱かなにかに括り付けられているのだろうか、まるで動かすことが出来ず困惑する。手元にばかり気を取られていた同田貫だが、まどろんだ意識が明確になるにつれて大きくなる、体に圧し掛かる何者かの気配に身を強張らせた。
「だ、れだ……てめえ」
その問いに返答はない。いくら目を凝らせど影一つ見えないのは、恐らく同田貫の目元が覆われているからだ。まつげを押さえつける異物に舌を打つ。
よもや歴史修正主義者が寝首を掻きに来たのだろうか。だとしたら何故一思いに殺そうとせず、拘束などと面倒な真似をしているのか。静まり返った邸にはもしや惨状が広がっているのではないか。思考はめまぐるしく回る。最悪の状況を想定しながら手首を痛めつける縄と格闘していると、ふいに首筋を何かが掠めた。
「ひっ……」
毛束のようなものが肌を滑った直後、剥き出しの耳にぬるりとした感触が走る。
生温かく濡れたそれに全身の力が抜けていく。背筋を抜けるぞわぞわとした寒気に声を裏返す同田貫だが、その感覚には覚えがあった。耳たぶをなぞり、下品な水音を立てて這うのが舌であると確信したとき、たった今見た夢と状況が合致する。
「っあんた、じいさんだろ……!」
それを口にした瞬間、圧し掛かる人物の動きが止まった。相手は一言も発する気配はなかったが、その反応が答えのようなものだ。
時には意表を突いてやらないと、という鶴丸の台詞。それを耳にした三日月の何かを企んでいる顔。つまり三日月は鶴丸にまんまと影響され、『意表を突いた』夜這いを施行したのだろう。確信めいたものが過ぎる。
同田貫の体を暴くような真似をする物好きが三日月以外にいるはずもない。刀傷にまみれた武骨な肉体を愛でる趣味の悪さは勿論のこと、それに飽き足らずこんな風に趣向を凝らしてくるとは、ますます呆れてしまう。
「……朝からずっとこんなくだらねえこと考えてたのかよ。とんだ色ボケだな」
小馬鹿にした態度にも、三日月は相変わらず反応を示すつもりはないようだ。
暴言を吐いて抵抗することは容易かったが、気が済むまでやらせてやろうと半ば諦めのような気持ちを抱きながら脱力する。不完全燃焼で終われば、この三日月という男は懲りずにまた同じことを繰り返すだろう。過去の経験から同田貫は三日月のそういった性質を痛いほど理解していた。鶴丸とはまた違った方向性ではあるが、結局同じように厄介な思考の持ち主なのだ。
しかし相手の動きを目視出来ないというのはなかなかに辛いものがある。暗闇も手伝って、目隠しは本来の力以上の物を発揮していた。三日月の動作を知る術はそのあやふやな気配と衣擦れの音、そして肌の上を滑る指や唇の感触だけだ。同田貫に覆い被さる体の輪郭すら透けて見えることはない。
ねちっこく這う舌が、鼓膜までをも犯す。猫が水を舐めるようなぴちゃぴちゃと愛らしい音が、こんなにも淫靡に聴こえるのは何故だろうか。柔らかい耳たぶを食み、軟骨を舐め上げる感触にはくすぐったいだけではない別のなにかがあった。繰り返されるたびに同田貫の全身が総毛立つ。
「っ、ん」
寝巻きの袷を縫い、ひんやりとした指先が胸板に浸入してくると、その感覚はより明確になった。大袈裟に身を竦ませたのが可笑しかったのだろう、三日月がくつくつと喉を鳴らす気配に、同田貫は口を歪ませる。
尖った指は馴れた仕草で肌をまさぐった。突き出た鎖骨に唇を落とし、張った胸板の弾力を楽しむように手のひらで包む。あちこち硬いこんな体を触ってなにが楽しいのかと聞いたことがあるが、指を跳ね返す瑞々しさが良いのだそうだ。俺とは程遠い若々しい肌だと三日月は嘯うそぶいていたが、そんなのは謙遜か、そうでなければ思い違いだろう。
刀剣の中でも群を抜いて永い歴史を持つ三日月は、越した年月に比例するようにその美しさもまたずば抜けていた。単純な美醜に限ったことではなく、肌のキメ細やかさや戦場で見せる瞬発力の速さにもそれは現れている。老いや衰えと言った言葉は彼からもっとも遠く、強いて言うならば古臭い言葉遣いだとか、時々惚けた発言をするところだとかに齢を感じることはあった。しかしそれを差し引いても、同田貫が抜きん出て若い体の持ち主だとは思えなかったし、三日月が固執するような要素は一つたりともないように思えた。
「は、あ……楽しいかよ、それ」
三日月には同田貫の体に刻まれた傷に好んで触れ、愛撫を施す癖があったが、やはり今日もそれは健在だった。腋の下、肋骨の際、心臓の真上に少しだけ柔らかい脇腹。その手や目は、同田貫自身よりも同田貫の体を知り尽くしていた。肌蹴た服から覗く上半身にある傷すべてを三日月の指はなぞる。皮膚の薄いそこは他の部位よりも感覚がはっきりと伝わってくるから、本当は触られるのが嫌だ。まるで体の内側を覗き見られているような、そんな気がするのだ。
まさぐる手を止めないまま、三日月はふいに同田貫の顔面を走る深い刀創に舌を這わせる。鼻梁を横切るそれをゆっくりと舐め上げ、頬に刻まれた一際深い傷をも唾液で汚した。目隠し越しにも、怜悧な瞳がこちらをまっすぐに見つめているのが分かる。獲物のすべてを余すことなく食らい尽くさんとする、狡猾で獰猛な雄の目つきだ。
温厚が服を着て歩いているようだと揶揄されることも多い普段の三日月を知っているからこそ、同田貫は褥でしか見ることのないその貌に戦慄を覚え、そして興奮を煽られる。そんな表情にさせているのが自分なのだと思うと、燃え上がる火はますます勢いを増していくのだ。
「っうあ、あーもう、じれってえなクソ」
上昇する体温を悟られぬようにと悪態を吐き、唇を噛む。胸の突起を優しく撫でられ、込み上げるむず痒さに同田貫は喉を反らした。碌に意識したことのないなんでもない場所なのに、指先が触れるだけで体が昂ぶっていくのが分かる。
「っんん、う゛……っ」
指の腹で弄られ、ぷっくりと膨らんだ乳首に熱い舌が這う。飴玉でも転がすように小さな突起を舐め、柔く触れるのは歯だろうか、乳首を繰り返し甘く噛んだ。火照った吐息や、濡れた舌が肌を舐める音がこんなにも敏感に感じられるのは、視界を遮る目隠しのせいなのだろうか。じんわり滲んだ汗を掬うように傷痕を舌先でなぞられると、その生温さに全身が震えた。
追い詰めるように与えられる快感がたまらなくなって、ほとんど反射的に三日月を突き飛ばそうとしたが、頑丈に縛り付けられた同田貫の腕が動くはずもない。ぎしぎしと耳障りな軋轢音が頭上で響く。乾いた髪が胸板を掠めるくすぐったい感触さえ、次第に下肢に滞っていく熱を煽って正常な判断力を失わせていった。
同田貫が声を上擦らせる様に、くすりと笑みを零す気配がする。この遊びを随分と楽しんでいるらしい。文句の一つでも投げつけてやりたいところだが、三日月は生憎それを許すつもりはないようだった。
「ぁ、く」
執拗な愛撫を経て、三日月の手が腰骨に触れる。慣れた手つきで下衣を剥ぎ取られ、同田貫の下肢を覆い隠すものは褌一枚となった。それの隙間から潜り込んだ手は、緩く反応を示す性器を通り越し、その上で淡く茂る恥毛をくすぐった。しかしその指が動くたび、屹立した性器は褌に擦れ、直接触れられずとも強すぎるくらいの刺激が同田貫を襲った。ただでさえ窮屈な小さな布の中で、少しずつ質量が増していく。
荒い呼吸を繰り返し、幾度数を重ねても慣れることのない感覚をやり過ごそうとする同田貫だが、三日月は無防備な体を容赦なく責め立てた。
「ッんん、待て、待って……ぅ、う」
制止も空しく同田貫の尻を易々と持ち上げた三日月は、褌を解いたその手でそそる屹立に触れる。茎を辿り、ゆっくりと上っていった指に我慢汁の滲む鈴口をつつかれ、同田貫は大袈裟に体をびくつかせた。くちゅ、と生々しい音が羞恥を煽る。ぬるついた粘液を塗りこむように、湿った手のひらに敏感な亀頭を撫で回されるとたまらず、悲鳴じみた甲高い声を漏らす同田貫は三日月の行為を憎々しく思った。どうせなら腕だけでなく口も塞いでおいてくれれば、こんな気味の悪い喘ぎ声を発さずに済んだのにと思ったのだ。もっとも、波のように押し寄せる快感に浮かされて、いくらもしない内に声がどうとかそんなことは考えられなくなると同田貫は知らない。
「あ、あ゛ー……っ」
ピンと張った裏筋を弄くりながら剥き出しの先端を苛められると、同田貫の体から力が抜けていく。割り開かれた股の中心で涎を垂らす性器は、追い詰めるように与えられる刺激にひくひくと痙攣を繰り返す。焦らされて焦らされて、堪えられなくなったそのときに生まれる快感の強さを同田貫は覚えていた。滾った熱を吐き出す瞬間を思って身震いする。
ふいに鼻先をふわりと嗅ぎなれた香りが掠めたかと思うと、張った陰嚢の上をとろとろとぬるついた液体が伝った。性交の際にたびたび用いる丁子油だ。本来刀の錆びを防ぐために使うそれを淫猥な行為に消費する背徳感に、無意識に喉が鳴った。
粘液は同田貫の秘部をしとどに濡らした。油を纏った三日月の指は奥まった場所をまさぐり、勃起した性器の下でひくつく後孔に触れる。窄むそこは頑なに異物の進入を拒むが、打ち震える性器を二、三度擦ってやるだけで、三日月の指を欲するかのように緩んだ。内壁を掻き分けて指が入り込むその感触に初めこそ苦しげな顔を見せた同田貫だが、性器に与えられる快感に気を取られ徐々に蕩けた表情を見せ始める。
「んぁ、あ、あ」
体内を蠢く指が、熱い粘膜をぬるぬると擦る。それが気持ちいのか気持ちよくないのかなんて、もっと直接的な刺激に喘ぐ同田貫には分からなかったが、酩酊したようにぼやけた頭は違和感すら快楽に摩り替えた。視界を遮られ、過敏にならざるを得ない耳の奥へ奥へと飛び込んでくるいやらしい水音が理性を奪う。増えていく指の数も分からないほど朦朧とした意識の中、せり上がる熱に気付き、同田貫は歯を軋ませた。
「い゛、ぅあ、ちょっと待ってくれ、っは、ん」
掠れた声で懇願する同田貫の姿は、三日月の目にどう映っているだろう。腕を縛る縄を介して険しい音を響かせる柱の存在が、激しく暴れる同田貫の様子を物語っていたが、目の前のその人は恐ろしいほど反応を示さなかった。一方の手は性器を弄び、一方の手は後孔を犯す。後孔を責め立てる指はねっとりと絡みつく内壁に沈み、甘ったるい嬌声を引き出さんと淫猥に蠢くことを止めようとはしない。そこで初めて、同田貫の中で漠然とした不安が首をもたげる。無言を貫くこの愛撫の主は果たして本当に三日月なのだろうか、と。
しかしそんな疑念を晴らす間もなく、後孔の内側、浅い部分で凝るそこを執拗に責められると、堪えきれないほどの快感が同田貫を襲った。下肢に集まる熱に、思考がぐずぐずになって溶け出す。
「でる、っあ、で……! ん、ひ――っ」
限界を訴えた直後、戦慄いた唇から一際甲高い喘ぎが漏れ、体内を激しく掻き回す指に翻弄されるがままに同田貫は吐精した。堰を切って溢れ出した白濁は下腹を汚し、余韻にひくつく鈴口からはとろとろと残滓が零れ落ちる。
荒い息を吐き、開放感に浸る同田貫の唇をぬるりとした感触が這った。ざらついた舌だ。思わずきゅっと噤んだ口を強引に割り開いた舌が、熱い咥内をねぶり蹂躙する。行き交う唾液に口元を汚し、貪るような接吻を懸命に受け入れる同田貫は、後孔に埋まった指がずるりと引き抜かれる感覚に身震いし、脱力した。しかし、休息の時間はそう長く続かない。
まだ呼吸も整わない内に、ぬるぬると粘着質な液体を纏わせた亀頭が先ほどまで指を咥え込んでいた窄まりを擦って、惚けた意識を叩き起こされる。緩んだ後孔に怒張を押し当てられ、弛緩する体を強張らせた。
「っ、先に腕外せよ。もう充分意表を突かれたっつうか、ちゃんと驚いたからよ」
鶴丸の言葉を引き合いに出し、三日月の意図にはとっくに気付いているのだと匂わせる。ここまで好き勝手にやらせてやったのだから、いい加減に満足しただろうと踏んだからだ。何も性交が嫌なわけではなかったし、ここに来て挿入を拒むつもりもない。ただ、手首を痛めつける縄が鬱陶しくてたまらなかったのと、三日月の体を掻き抱くことも出来ない状態に寂寞が募ったのだ。もっとも、そんな胸の内を明かす気は毛頭ないのだが。
それに確認の意味合いもあったのだと思う。突き立てられた性器が体内を犯し始める前に、蟠った疑惑を掻き消してしまおう、と。
「アンタほんとにじいさんだよな……?」
口にした疑問は、このときまだ冗談のつもりだった。だが、三日月――であるはずの人物は、同田貫の言葉を聞くなり動作を止めた。それはほんの一瞬ではあったが、視界も体の自由も奪われた同田貫が不信感を覚えるには充分な反応だった。たらりと、目隠しの隙間を冷たい汗が流れる。
「――なんで答え、う、ぐ……! ア、あ゛ぁあ!」
相手は同田貫の疑念を察したのだろうか。まるで言葉尻を遮るように猛ったモノが後孔を貫いた瞬間、同田貫は一際高い声で啼いた。それはほとんど悲鳴のようなものだった。
腰を抱え上げられ、体をぐっと折り曲げられる圧迫感に小さく呻く。体内に埋め込まれた肉棒は激しく律動し、身勝手な抽挿が繰り返された。ぐちゅぐちゅと品のない音を響かせながら、脈打つ怒張は絡み付く肉襞を掻き分けて最奥を穿つ。誰にも触れられることのない一番深い場所に男の形を教え込まれるその感覚は、なんとも形容しがたいものがあった。嬌声を発する体はしかしそれを快感と捉える。内壁を抉られるたびに襲い来る甘ったるい痺れは、射精の高揚感によく似ていた。
「っひ、ぃあ、あ゛」
だが頭のどこかに残った理性が快楽に沈みゆく同田貫に歯止めをかける。いっぱいいっぱいに口を広げ、男の欲望を必死に受け入れる後孔は覚えのある感触にひくひくと収縮を繰り返すが、今咥えこんでいる肉棒の主は三日月ではないかもしれないという猜疑心を捨てきれなかった。返答の一つも寄越さないことが、滲み出す疑念を押し広げていく。
「なんだよ、クソ、三日月の、ぅ、あ……っなあ返事しろよ!」
この男が本当に三日月なら何故返事をしないのだろう。三日月ではないから、なにも返せないのではないか。そもそも相手はまだ一度たりとも声を発していない。似通った手つきに惑わされ、ただ三日月だと錯覚しているだけだとしたら――。途端に体を拘束するすべてが恐ろしく思えて、ひゅうと喉を鳴らす。
貞操を守るだとかそんな義理堅い思考の持ち主ではなかったが、得体も知れぬ誰かの性器が自分を犯しているのだと思うとたちまち嫌悪感が込み上げる。
目隠しの先に、見えるはずもない三日月の影が映った。ぐにゃりと形を変え、徐々に見知らぬ男へと変貌していく輪郭に戦慄しながらも、同田貫は快感に身悶える体を抑えることが出来なかった。達していくらも経っていないと言うのに同田貫の性器はすっかり兆し、しとどに濡れた鈴口からはぽたぽたと生温い粘液が滴っていた。反ったそれは撓る自身の腹に擦れ、穿たれる衝撃ではしたなく震える。射精の瞬間、僅かに残った理性はあっけなく切れてしまうだろう。目の奥にカッと熱が上る。
「い、っああ! っみか、ひぅ……むねちか、宗近さん」
手首に食い込む縄を引きちぎろうと痛いくらい腕を降り動かし、ままならない体を疎ましく思いながら無意識のうちに三日月の名を繰り返していた。それは出来うる限りの抵抗であり、今にも快楽に呑まれそうな自分への叱責でもあった。ぼやけた頭の中でけたたましさを増す限界の羽音に、ぎゅうと拳を握り締めたとき、ふいに目蓋を覆う布切れが取り払われた。
「たぬきや、俺を呼んだか?」
「――っひ」
聞きなれた声が耳を撫ぜたのと、薄闇に浮かび上がった三日月の顔を捉えたのはほとんど同時で、同田貫は衝撃のあまり訪れた射精感を堪えることが出来なかった。引き攣った声と共に、性器からは薄まった精液が勢いよく溢れる。
余韻に浸ることも許されず、呆然と目を見開く同田貫の間の抜けた顔を、三日月はにんまりと意地の悪い笑みを浮かべ見下ろす。視界はまだぼんやりと霞がかっていたが、粘液にまみれた腰を抱き、後孔を穿っているのはたしかに三日月その人だ。やはり同田貫の予想は外れてなどいなかったのだ。
「いやはや、そんなに目を潤ませて。少し無体が過ぎたな、許せ」
赤らんだ目元に唇を落とし、謝罪を口にする三日月の表情はしかし愉悦を滲ませている。困惑し、咽ぶ同田貫を犯しながら楽しんでいたのは明白だ。自身が晒した醜態を思い出し、安堵に惚けていた同田貫の腹の底からふつふつと怒りが沸きあがる。三日月の唇が「意表を突くとはこういうことだぞ、たぬきや」と揶揄っぽい台詞を紡いで、予想した元凶すらも合致していたことを示していた。
そこまで分かっていて何故乗せられてしまったのだろうと、同田貫を激しい後悔と羞恥が襲う。みっともなく喚きながらも嬌声を抑えられず、身を捩じらせ精を迸らせたことを思うと耳元に朱が上った。
「あの、恋しげに俺の名を呼ぶ姿はなかなかそそるな」
三日月が瞳を眇めいやらしく笑むものだから、反射的にその端正な顔めがけて足を振り上げる。虚脱感に抗い繰り出したそれは、しかし易々と受け止められ空振りと終わった。その細い指のどこからそんな力が出ているのか、三日月は同田貫の足首を掴んだかと思うと、脹脛に走る刀傷をねっとりと舐め上げた。見せ付けるようなその仕草にぞわぞわと全身が粟立つ。
「こ、の助平じじい……! っこの縄外せ! 鶴丸もろとも叩っ斬ってやるから覚悟して、っうあ……!」
「はっはっはっ、血の気が多いな。もう少し動いて溜め込んだものを発散したほうがいい」
「ふざけんじゃね、っひ、ぐ」
後孔に捻じ込まれた性器がゆるゆると動く。少なくとも三日月のそれが達するまではこの悪趣味な行為を止める気はないのだろう。目隠しのない今、猛った肉棒が双丘を行き来抜きする様子がくっきりと見て取れて、先ほどまで感じていたものとは毛色の違う羞恥心に同田貫は叫びだしたい気分だった。朱を上らせ、あらぬ声を必死で噛み殺す同田貫に愉快だと言わんばかりの視線を注ぐ三日月をギッと睨み付ける。
「仕返しして、っくそ、今度は俺があんたをひいひい言わせて……っん、あ、あ」
火照った粘膜を擦り上げるその感覚に唇を戦慄かせ言い放つと、三日月は抱えた足に所有痕を残しながら「奇襲が成功することを願おう」と、どこか含みある言葉を寄越し、不敵に微笑むのだった。